廃墟をゆく
「峠を越えた海っぺりに、魚をつめていた缶詰工場跡がまだあるはずだ。」ほとんど人と出会うことない山中で、老人から偶然得た廃墟情報。私は何のためらいもなく、小雪舞う峠道を二時間越えてきた。幾重にも折れた坂道から微かに覗く暗い海が、だんだん低く迫って来たかと思うといきなり海に出た。しかし冬ざされた海辺にあるものは、生気のないモノトーンで描かれた風景。鉛色の海があるだけだった。海鳴りが聞こえる。ここにあったすべてのものが、風によって時を得、そして奪い去っていったような思いに捕らわれた。哀切で荘重なファドの音階を持った海鳴りは、風葬の時を奏でながら天中を舞った…
【本文 プロローグより】
- Shinichiro Kobayashi: Haikyo wo Yuku
- Text: Shoji Tanaka
- ¥2,500(税別) 2003年発売 二見書房
- A4変形・144頁・掲載写真159点
- Published in 2003 by Futami Syobo, Tokyo, Japan
- 144pages,159colour plates.
- ISBN4-576-02226-1